風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」

単身赴任から戻ってきてから、土日に少しずつピアノを弾くようになった。
ここ数年間、弾いたとしてもごくたまに、というところだったのだが、改めてその面白さ
を再認識している。
下手の横好き、である。


ここのところ、バッハのカンタータやコラール前奏曲などの曲をピアノ用に編曲したもの
に興味が向いている。有名なところではマイラ・ヘス編曲の「主よ、人の望みの喜びよ」
やケンプ編曲の「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」など。
そんな中、「いざ来たれ、異教徒の救い主よ(Nun Komm,der Heiden Heiland)BWV 659」
を弾こうと思い立った。
この曲は元々コラール前奏曲で、ピアノ編曲ではブゾーニのものがよく知られている。
有名ピアニストの故・ホロヴィッツが愛奏していたことでも有名だ。

ホロヴィッツの演奏。


ところで、最近アンジェラ・ヒューイットという女流ピアニストの演奏を聴いてあれれ?
と思った。どうも、僕が最近買ったブゾーニ編の楽譜と整合しない(上のYou Tubeのホロ
ヴィッツの演奏はブゾーニ編を弾いている)。ひょっとしてと思い、手元のケンプが編曲
したこの曲の楽譜を出してみたところ、ヒューイットの演奏はこの楽譜を弾いていること
がわかった。


さて、二つの編曲のうちどっちを弾こうか。
一般にケンプの編曲はバッハの和声に忠実で質朴かつ素朴、と言われており、ブゾーニ
の編曲は多くの音を付け加えていてバッハの曲というより「ブゾーニの曲」である、と
よく言われる(そういう理由でバッハ弾きのヒューイットはブゾーニ編の曲を一曲も
収録しなかった、という話もあるようだ)
しかし、本当にそうなのだろうか?
原曲にあたって確認してみよう、と思った。


で、検討内容は(マニアックなので)省略するとして、結論としてはこの曲に関して
言えば、ケンプ編よりもブゾーニ編のほうがオリジナルのバッハに忠実である、という
意外な結論が得られた。大きな違いは最後の数小節に集中しているのだが、ケンプの
編曲はオリジナルの和声と異なったアレンジがされている。
他の曲でも、例えば「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ(Wachet auf ruft uns die Stimme
 BWV645)」もブゾーニ編のほうがオリジナルに近い。
これは世評と異なる意外な発見だった。
もっとも、全てがそういうわけではなくて「イエスよ、私は主の名を呼ぶ(Ich ruf'
zu dir, Herr Jesu Christ BWV 639)」では、ブゾーニは明らかにいろいろな音を付け
加えていて演奏効果は高いけれども、圧倒的にケンプ編のほうがオリジナルに近い。


マニアックな話になってしまったけれども、世評に惑わさず自分で原曲にきちんと当たる
べし、いうのが結論である。
本の内容についてあれこれ言う場合でも「必ず原典に当たるべし」というのと同じか。
しかし、純粋に音楽について考え、鍵盤に向かうのは実に楽しい。
結論として、僕はブゾーニ編を弾こうと思う。
このお盆休みのささやかな楽しみである。