風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

レオン・フライシャー ピアノリサイタル

昨夜、NHK教育の芸術劇場で、レオン・フライシャーのピアノリサイタルを見た。
この人は30年前に右手が病気で動かなくなり、長らく左手のための曲を演奏したり
音楽教育や指揮活動にシフトしていた人であるが、リハビリの結果、右手が完全では
ないものの動くようになった、ということでごく最近両手での演奏活動を再開したと
いうことで、10月に来日した際の演奏会の録画である。


演奏曲目は以下の通り。
・バッハ(ペトリ編) 「羊は安らかに草をはみ」
・バッハ       「旅立つ最愛の兄に思いを寄せる奇想曲」
・           「半音階的幻想曲とフーガ」
・バッハ(ブラームス編)「シャコンヌ
シューベルト    「ピアノ・ソナタ 変ロ長調


最初の「羊は〜」はバッハのカンタータをペトリが編曲したもので初めて聴いたが、
大変美しい。この曲には多くのピアノ編曲があったと記憶するが、この編曲は最良の
ものではないか。もちろんフライシャーの演奏も穏やかさと高い精神性が感じられる
とても素晴らしいものであった。ちゃんとBoosy&Hawksから楽譜も出ているようなの
で、手に入れたいと思った次第。
「旅立つ〜」は「最愛の兄の旅立ちに寄せて」という題名のほうが僕にはしっくり
来るのだが、これまでバッハの曲の中ではいまいち、と思っていたこの曲が大変
面白く聴けた。これはフライシャーが深くこの曲を解釈して分かりやすく提示して
くれているからに相違ない。


「半音階的幻想曲とフーガ」は、ちょっと辛かった。
右手が復活して演奏活動をしているとはいえ、完全なわけではない。
その不完全な部分が、速いパッセージでのミスタッチ、リズムの不均一、左右のユニ
ゾンの微妙なズレなどで露呈される。この曲はバッハとしては相当にロマンチックで
テクニカルな曲なのであるが、そういう不完全さも相まってどこか「不発」どいう
印象がぬぐえなかった。
前半のトリの曲は、ブラームスが左手のために編曲した「シャコンヌ」。
ピアノではブゾーニによる超絶技巧が絢爛豪華な編曲が圧倒的に有名だし、よく弾か
れる。一方、ブラームスによるこの編曲はクララ・シューマンが右手を故障していた
時に左手による気晴らし用に編曲したものということだが、フライシャーの演奏は
圧巻であった。出だしからしばらくは「左手だけじゃ音が少なくて寂しいなぁ」と
思っていたのだが、途中から音楽にぐんぐん引き込まれ、最後は迫力と音楽の力に
圧倒された。
これは至芸と言ってよい。


後半はシューベルト変ロ長調の遺作のソナタ、1曲のみ。
フライシャーはこの長大なソナタを繰り返し記号を忠実に守って(苦笑)延々と弾く。
暖かくざらざらした手触りで始まる第一楽章、左手低音部のデモーニッシュなトリル
で不安感を高めた後、短調に転調して暗い暗い冬の荒野を孤独にさまようような表現
のすばらしさ!
フライシャーの解釈と表現力は卓越している。
それでもやはり「半音階的〜」で気になった右手の不完全さはやはり気になる。
それさえなければ、高い精神性と格調溢れる素晴らしい名演であったろう、と思われ
た。


このリサイタルを見終わって、ああいいなぁ、ピアノを弾きたいなぁと改めて思った。
今夕、自分でも楽譜を引っ張り出してこのシューベルトソナタを初見でゆっくり
さらってみた。
本当に楽しいひとときだった。