風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

シューベルトを弾く少女

フィンランド最終日、空港に向かう前にテンペリアウキオ教会に行った。
観光客の誰もが行く岩をくりぬいて作った有名な教会。
自然光をいっぱい取り入れた美しい簡素な教会。

聖堂の中からピアノの音がする。
奏でられていたのはシューベルトの遺作のソナタ21番(D960)の第一楽章だった。
聖堂の隅に古いがたがたのアップライトピアノが置いてあり、そこに金髪の少女が
座ってピアノを弾いている。
何の案内もなければ、プログラムもない。
その演奏が実に良かった。
表現にオーバーさがなく、センチメンタルにも流れない清楚な演奏。
僕は引き込まれて椅子に座り、彼女のピアノに聴き入った。

シューベルトピアノソナタを演奏するのは難しい。
技術的に難しいわけではないのだが、曲として聴かせるのは至難なのだ。
日本人が弾くと、往々にして一つ一つのメロディを歌わせすぎるが故に、過度に
センチメンタルになり、その結果として音楽は全体の形を失いまとまりのない
冗長なものになる。といって冷静に造形的に弾いても全く格好はつかないのだが。
シューベルトソナタは長くて退屈だ、と言われる一つの理由がそこにある。
その点で彼女の演奏はバランスを失うことのない立派な演奏だった。

思わず涙が出そうになった。
フィンランドの澄んだ冷たい空気の中に清楚なシューベルトの音楽が流れる。
忙しく写真を撮っている観光客たちはBGMとしか聴いていない聖堂の中で、少女は
一心に弾き続ける。
謙虚で、内省的で、それでいて深いところにデモーニッシュなものが潜んでいる
シューベルトの音楽を。

どうしてこんなポピュラーでない曲を選んだのだろうか?
きっと、彼女はこの曲がとても好きなのだ。
そう僕は確信した。

演奏が終わった時、僕は彼女のところに行き、ありがとう、素晴らしい演奏でした、
もしできればバッハを何か一曲弾いてもらえませんか?と頼んでみた。
少女ははにかみながら、今日は楽譜を持ってきていません、ごめんなさい、と言った。

この曲を聴くたびに、僕はヘルシンキの冷たい空気とこの少女を思い出すだろう。
旅の終わりに僕がもらった、このささやかなプレゼントを。

シューベルト : ピアノ・ソナタ第21番

シューベルト : ピアノ・ソナタ第21番

シューベルト : ピアノ・ソナタ第21番
巨匠スヴャトスラフ・リヒテルの孤高の名演です。

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Photo Albumにて、ドイツ・フィンランドの写真を順次アップしています。
よろしければご覧下さいませ ^^
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