風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ポジティブだけでは駄目なのだ

この3週間ほどばたばたしていて仕事以外のことを考える余裕がなかった。
本を読む余裕もほとんどなかったけれど、気晴らしに軽いものを、と出張先の書店
で流し読み・暇つぶし用に買った本の内容が少し面白かったので紹介したい。
その本は光文社新書の「メンタル・コーチング」で、通読しての感想は、十分科学
的な分析がされている本とは言いがたく、内容的にはどこまで信頼性があるのかな
ぁ?という感じの本なのだけれど、中でいわゆる「ポジティブシンキングの効用」
について触れられている項目についてはなるほど、と思った。

今の世では「ポジティブ・シンキング」や「プラス思考」の重要性が叫ばれ、成功
するためにはポジティブな成功のイメージを脳裏に何度も描き(イメージ・トレー
ニング)脳に焼き付けることが大切と言われている。事実、そういうニーズにこた
えるような自己開発セミナーのようなことも一部では盛んに行われているようだ。
しかし、この本の著者はいくつかのアスリートの例を引きながら「無理なポジティブ
シンキングはマイナスの結果をもたらす」と警告を鳴らしている。
著者は、心理療法士・米倉一哉のこのような言葉を紹介している。

【引用始まり】 ---
よくポジティブに生きなさいと言われます。
たしかに、そういう人たちが成功しているので、世間そのものがプラス思考を
追うようになった。でも、プラス思考ができる人というのは、もう理屈なしで
そういう状態になっているんですね。自然なんです。ですから、それを形だけ
真似しようとするところに、抑圧という現象が起きてくるわけです。
 実は自分の中に恐怖とか不安といったマイナスイメージがあるにもかかわら
ず、それを無理に乗り越えようとすると、逆効果になるんですよ。
【引用終わり】 ---

これを読んだとき、僕が以前から感じていたことを明確に言葉にしてくれた、という
感覚を持った。
人間には、持って生まれた性格の差というものがある。
ある事柄に直面したとき、自然にポジティブにポジティブに考えるキャラクターの人
もいれば、ポジティブな局面を考えようとしても、どうしてもマイナス局面の不安が
先に出てくる人もいる。
「その性格を直す(変える)ことこそ大事だ」という考え方もあるようだけれど、
それは少々人間の深層心理の力を軽く見過ぎているのではないだろうか。

ユング流に言えば、不安を持ちやすいタイプの人が無理にポジティブシンキング
(プラス思考)しかしないことは、自らのエス(深層心理で情動を司る本能的な部分)
が訴える不安や恐怖を、超自我(倫理観や道徳観に拘る理想的な自分を求める部分)
の力で抑えつけることになるのではないか。
人が本当に力を発揮できるのは、エスの求めるものと超自我の求めるものの間で
うまく力のバランスが取れているケースだということを考えると、無理なポジティブ
シンキングは人間の心の生理に反していると言えよう。

では不安や恐怖を持ちがちの人はどうすればいいのか?
一つの方法を心理学者の市村操一の言葉を引用して、著者はこのように提案している。

【引用始まり】 ---
不安に思っちゃいけないと自分に言い聞かせても、不安というのはどんどん
蓄積していくもの。不安材料を考えないようにしようとしても、どこかに
不安がつきまとってしまうんですね。
 そのために、一流の選手には最悪の状態からイメージングをスタートさせ
る人もいるし、悪い状況へとイメージを膨らませていく人もいる。たとえば、
期待される陸上選手がいるとしますね。そのとき、もし自分が負けたら周囲
はどう非難するだろうか?自分はその非難に耐えられるだろうか?などと
想像するわけです。

 さらに、もしかしたらコーチが自分から離れていくかもしれない。友達も
去って、恋人にも捨てられるかもしれないなどと、最悪な状況へとどんどん
自分を追い込んでいく。そして最後に待っているのは、「それでも、おれは
まだ生きている」というイメージングなんですね。
 そこから「生きてたら、そのうち友人も恋人もできるだろう」という気持ち
が生まれ、「だったら、もっと思い切りやってみようか」という感覚が芽生え
たりするわけです。
(中略)
こうして、イメージを最悪な状態に持っていくことによって、ポジティブに
なれることもあるわけです。ようするに、不安や恐怖を一旦受け入れて、それ
を表現するというプロセスが、ここでは必要になってきます。
【引用終わり】 ---

このように、一旦に心に浮かんでくる不安や憂鬱さ、恐怖を自分のものとして認めて
やり、受けいれて最悪の状態をイメージした上で、それと徹底的に対峙するやり
方もあるということは、もっと広く知られてよいのではないか。
こちらのやり方のほうが適した性格の人は日本人には多いのでは、とも思うのから。
人の心に関わること(いや、この世のことは全てかもしれないが)には必ず光と影、
陰と陽がある。光の面(ポジティブ思考、プラス思考)だけを取り出して利用しよう
という考えは(いかにも欧米流ではあるけれども)いささか底が浅いものと僕には
思えてならないのだが。