風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ささやかな喜び

物理的に忙しい、というよりも心理的にリアル世界に気持ちが行っているために
更新が少しゆっくりペースになっている。
リフレッシュ小旅行に行っていたこともあるのだけれど。。
ともあれ、元気にやっております ^^

先日、僕がプロデュースしている製品が小さな社会的な賞を受賞した。
小さいとはいうものの最後は大きなホールで審査委員を前にした公開審査があり、
ステージでプレゼンテーションをするときは相当緊張した ^^; 受賞が決まった
ときは一瞬信じられなかったけれど、しばらくしてから実感がこみ上げてきた。
ああ、やったんだな、って。

受賞を知った僕の会社のほうでも社内でも広報され皆が喜んでくれた。
そして皆が皆、言ってくれる言葉はこれだった。
「いいPRになるよね」
「これで売り上げも伸びるよね」
「すぐに引き合いは増えるかな」

しかし、僕は少し違うことを考えていた。
もちろん、ビジネスで取り扱っている製品なのでそういうことが重要なのは言う
までもない。しかし僕が、個人的に感じていたことは少しズレている。
それは、何か?

僕のような仕事(営業です)をしていると、自分のやっていることが社会に対して
どう貢献している、ということがなかなか見えにくい。
「売上を上げる」「利益を生み出す」ということが直接の目標とされ、それを
こなすために僕達は日々汲々として努力している。
では「売上を上げ」「利益を生み出す」ことにはどういう意味があるのか?

一つにはこういうことがある。
「売上を上げ」「利益を生み出す」と会社の評価システムを通じて、僕の評価が
上がりボーナスや給料が増え昇格の可能性が出てくるということ。これは個人的
な「利得」だ。実のところ、それを大きなモチベーションにしている人が大半だし、
それはごくごく普通のことだ。

ところが(僕は若干変人なので(笑))僕にとってはそれほど大きなモチベーショ
ンにはならない。なるほど、給料やボーナスが下がって僕や家族が飢えるような
状況ならばそれは大きな(逆の意味での)モチベーションになるだろうが、今以上
の所得やポジションが欲しいとは正直あまり思わないのだ。
だいいち、これ以上欲しいものなんて特別ないし。。。
資本主義社会に生きている僕なのに、こういう部分は僕自身が抱えるある種の
「欠陥」なのだ(と思う)が、とにかく本音を言えばより多くの個人的な富を得る
ことはあまり僕のモチベーションとして働かないのだ。

一方、ビジネス書なんかを読むとこういうことが書いてある。
「売上を上げ」「利益を生み出す」と社会の公器としての会社はより多くの
税金を納めることができるようになり、その税金は国庫に入り日本国民の為に有益
に使われるというもの。これは、自分で書いていて思わず噴き出してしまったが、
噴飯ものであることは皆さんもお分かりだろう(笑)。
にもかかわらず、そういう形で会社が拡大してゆくことは社会的善である、と公言
しているビジネス書は沢山ある(先日、日本で一番大きな自動車会社の社長も同じ
事を新聞紙上で語っていた)。それでこそ会社の存在は社会貢献につながり、働く
人間のモチベーションになる、というのだ。
まぁちょっと考えてみても、納めた税金の使われ方、そして税金を払いたくなくて
汲々としている会社の本音を見てしまうと本気でモチベーションにできる人はごく
一部のオメデタイ人だと敢えて言ってしまおう ^^;

今回の受賞の僕にとっての個人的な大きな意味。
それは、僕がプロデュースした製品が公平に社会からみて「良いものである」と
評価されたことだ。経済面でも環境面でも機能面でもそれとかかわる人々にとって
も「良いもの」を自分は取り扱っており、それを社会に広めることは直接的に
「意味のあること」という一つの証明を手にできたということ。
単純にそれが一番嬉しいし、前に向かうモチベーションになる。

僕は働く以上はその仕事が何らかの形で社会にとって良いものであって欲しいと
思い続けてきた。
それがささやかな形でも評価されたこと。
それが何と言っても一番嬉しい。