風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ハンマースホイ展

10年ほど前、デンマークに出張したことがある。
季節は真冬でこの時の思い出は過去記事「凍りついた海」に書いたのだけれど、
この小さな港町に行く前、僕はコペンハーゲンに滞在していた。
曇り空が様々な明度の鉛色をしていて、それを映し出す海もまた空の色にいくばくか
の青色を加えたような灰青色とでもいうべき色だった。
国立西洋美術館で開催されている「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展
を見て、あの空の色、海の色、街の色とそれを生み出す弱々しい光が目の前に蘇った。

コペンハーゲンの画家ハンマースホイの絵は、暗く、静かすぎる。
近くで詳細に見ると、様々な微妙な明度差を持つグレーが執拗に塗られているのだが、
白に近い、いわゆる明度の高いグレーが使用される頻度が少ないため、絵全体の
トーンが非常に暗い。そして、そのグレーは暖色系でなく寒色系なのでよけいに
暗く寒々しく見えるのだ。この人の絵からは、北欧の人の多くが持っている日光
や春への憧れ、といったものが感じられない。筆遣いを見ると絵によっては
結構大きな平筆で塗ったのだろうか、はっきりと一方向への刷毛目が見えたり
もしている。絵の具の塗り方としてはかなり厚塗りではあるのだが、勢いで
描いたところはなく、丁寧に丁寧に微妙に色の違う絵の具を根気よく塗り重ね
ながら、色調や明度を慎重に整えていった様子がよくわかる。

それにしても彼の妻イーダの描かれ方は無惨としか言いようがない。
顔色といい、疲れた顔の描写といい、単なるオブジェとして描かれているように
しか僕には思えなかった。
そして繰り返し出てくる白いうなじときつく縛ったエプロンと常に同じ黒い服。
彼の絵には、どこか描かれた人物に対する愛が欠如しているように思える。
そういうわけで、僕はハンマースホイのトレードマーク(?)らしい、人のいない
室内の絵のほうが正直ほっとしたし、実に素晴らしいと思った。
不思議な話だけれど、人がいない絵のほうが人の気配と暖かみが感じられる。
これらの絵のいくつかは本当に僕の気に入った。
この絵もそのうちの一つ。


居間に射す陽光

ハンマースホイは「北欧のフェルメール」と呼ばれたそうだが、フェルメールとは
「静謐さ、光と影を描いた」という点に共通点はあるものの、他はあまり似ている
とは言い難いように思う
この人の絵は、執拗さと狂気とある種の異常性を孕んでいる。
ハンマースホイの絵は健康的なフェルメールとは比較できない。
もちろん、狂気をはらんでいて異常だけれど素晴らしい絵は沢山ある(ゴッホ
ムンクなどももちろんそうだ)し、ハンマースホイの絵もその系譜だと思う。

なんだかんだ言いつつも、僕はハンマースホイの絵を見て素晴らしいと思い、
感動している。
これはいったい、どういうことなのか?
今、図録を前に僕は改めて考え込んでいる。

ハンマースホイ展ホームページ