風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

コフート - 共感と依存の心理学

アメリカの精神分析の大御所、ハインツ・コフートの心理学の本を読んで、
大変おもしろかったので紹介したい。
ただ、僕が読んだ本を推薦することはちょっとできない。
なぜなら、この本、非常に読みにくく、理解するのに骨が折れたからだ。
それも、厳密で正確な表現を求めて苦心惨憺するうちにやむなく難解に
なった、というのではなくて、読者にわかりやすく理解しやすく書こう
と苦心惨憺したあげく、どうしようもなく理解しにくく読みにくくなって
いるのだから、これは著者の文章力に問題があるとしか思えない。
内容は大変おもしろいのに、とても残念なことだった。

閑話休題
コフートフロイトの理論に疑問を持ち、自分なりの心理学を築き上げた
人だ。内容を網羅して説明することはできないけれど、非常におもしろい
のは、人の心理的欲求理論の部分。コフートによれば、人は基本的に以下
の3つの自己対象(自己の一部であるように感じられる他者)を求めている。

1)鏡自己対象
  自分がほめてほしいと思ったとき、常にほめてくれる自己対象。
  あるいは自分が独りぼっちかな、と思ったとき無条件に愛してくれる
  自己対象。典型的には幼少期の母親。
2)理想化自己対象
  自分にとって神様になってくれて、心細いときに「私がいるから大丈夫
  だよ」と言ってくれたり、苦しい時に生き方のヒントを与えてくれる
  ような自己対象。典型的には父親など。
3)双子自己対象
  自分と同じ(弱い)人間なのだ、と感じさせてくれる自己対象。
  その弱くだらしない姿をみることで、ああ、自分と同じだ、と安心を
  感じることができる。 

この理論に基づいて、コフートは医師が患者に共感しながら、患者がどの
自己対象を求めているかを探り、その欲求を満たしてあげることで苦しみ
を和らげることができると考えた。事実、アメリカではこのコフート理論
に基づいた精神分析治療は、相当の成果をあげているらしい(双子自己
対象になるために、医師が敢えて患者に弱い所をさらけ出したりもする
ようだが)。フロイトユングのように本人が関知できないような無意識
領域に問題の本質がある、と考えるより直感的でわかりやすく納得しやす
い、というのも、コフート理論の特徴であろうと思う。

また、もう一つおもしろいのは、人は上に書いたような自己対象に依存して
生きている、とコフート理論では考えることだ。
生きている以上、そういう対象は人には必要なので、それを満たしてあげる
ことが重要だ、と考える。この点が、あくまで患者の自立を目標にするフロ
イト流とは異なる点だと思う。以前の記事「自立と孤立」で紹介した河合
隼雄もコフート流の部分もあるのかもしれない。

コフート理論は精神の表象の分析学であり、深層心理に踏み込んだものとは
思えない。したがって、イドから吹き上げるどす黒い衝動や、ゆがんだ欲望
や、そういうものまでコフート流で分析したり治療したりできるか、という
と、いささか限界がありそうにも思う。しかしながら、心の苦しみのかなり
の部分がコフート流のアプローチで実際に改善できる、というのは興味深い
ことだ。

私見だけれど、フロイトの理論やユングの理論は、無意識というやっかいな
ものを取り込んで、人間の精神をすべて記述しようと悪戦苦闘しているよう
にも思える。それはまるで、宇宙のすべてを記述しようとしている「大統一
理論」のようだ。しかし、相対論や量子力学を持ち出さなくてもニュートン
力学で、日常のほとんどの用は足るのである。
コフート理論はそういう意味で、精神のニュートン力学、と呼べるのかもしれ
ない。