風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ヘンデル「メサイア(ロンドン初演版)」

12月23日サントリーホールでのヘンデルのオラトリオ「メサイア」のリサイタル
に行ってきた。演奏はバッハ・コレギウム・ジャパンBCJ)。
サントリーホールで音楽を聴くのは僕はこれが初めてである。

演奏は古楽器を使った思った以上の小編成だったが、BCJらしいすっきりした音作り
で、きびきびとしたテンポで進む。テノール櫻田亮は端正で正確な歌いぶり。
パワーは若干ないものの好印象である。バスのドミニク・ウェルナーは第一部では
味わいと深さが足らないと正直思った。アルトは今回のコンサートではカウンター
テナーのクリストファー・ローリーが歌ったのだが、この人は表現力もあり声質も
いい。少し迫力は足らないと思ったが。
ソロで圧倒的な印象があったのはなんといってもソプラノのレイチェル・ニコルズ
であった。声量、表現力とも他の歌手を圧倒していたのではないか。

コーラスは一糸乱れぬ美しいもの。
部分的にもう少し迫力が欲しい、と思うことはあったものの全体に素晴らしかった。
ただ僕も素人なので偉そうなことを言えないけれど、一部の言葉についてはもっと
はっきりと力を入れて輝かしく歌って欲しかった。例えば第11曲「私たちのために
一人の嬰児が生まれた」の「Wonderful」という言葉や、第31曲「神の御使い達は
皆、こぞって彼を礼拝せよ」の「the King of Glory」という章句、そして第33曲
の「神は御言葉を告げ」の「The Lord gave the word」という章句などは、ごく普通
に内容を考えても輝かしく、強く、発せられるべき言葉である、と思うので。

さて「メサイア」は構成として第一部が救世主(キリスト)の到来の預言と降誕、
第二部がキリストの受難、復活から福音の広がり、神の栄光、第三部がキリストの
贖いによる永遠の生命が歌われる。僕は個人的に第二部がバッハの「マタイ受難曲」
との対比で興味深かったのだが、「マタイ」が「マタイによる福音書」をベースに
取った主情的で劇的な構成なのに対し、「メサイア」の歌詞は主として「イザヤ書
と「詩編」から取られており、聖書の聖句そのままであることもあって、どこか一歩
距離を置いた客観的な印象を受ける。

僕は「マタイ」を聴くとき、いつもこみ上げてくるものを抑えるのが大変なのだけれ
ど「メサイア」はもっと落ち着いて聴ける。しかし、この感情の揺さぶられ方の相違
は上記の違いのみに起因するものではないように思う。
これは僕の直感なのだけれど「メサイア」のほうが商業的に作られた音楽、という
感じを受ける。それは例えばソロパートにヴィルトォージテ(技巧性)を凝らした
部分が盛り込まれているところからも感じる。この曲に組み込まれた(いやこの曲に
限らずほとんどの楽曲では)ヴィルトォージテは観客を喜ばすための仕掛けなのだ。
「マタイ」ももちろん収入を目的に作られた音楽であったのだろうが、より作曲者の
直接的な真情と魂の息吹が感じられる。
まぁこれは僕の勝手な感想なのだけれど。

こんな風に書くとあまり良くなかったように受け取られるかもしれないが、決して
そんなことはない。「メサイア」を聴いている間、僕は間違いなく感動していた。
特に第二部の合唱「枷を打ち砕き」から超有名な「ハレルヤ」までの盛り上がりは
凄かったし、最後の第三部に移ってからはバスのドミニク・ウェルナーがアリア
「トランペットが鳴り響くと」で、カウンターテナーのクリストファー・ローリーが
「もし神が私たちの味方であるなら」で、実に迫力に溢れた素晴らしい歌唱を
聴かせてくれた。そして終曲の合唱「屠られ、その血によって神の御前へと」では
僕は圧倒的な感動と幸福感に包み込まれた。

アンコールではクリスマスらしく、合唱隊がアカペラで「きよしこの夜」を歌って
くれた。サントリーホールは響きも雰囲気も申し分ない大変立派なホールという印象。
また大編成のオケでシンフォニーでも聴いてみたいものである。