風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

「暁の寺」三島由紀夫より抜粋

7月初旬に出張でタイに行き4日間を過ごす。
仕事のミーティング、行事がすし詰めだけれども、せめて三島由紀夫
暁の寺」で描いたワット・アルンだけでも見てみたい。
以下、「暁の寺」から抜粋:

本多はきのうの朝早く、舟を雇って対岸へゆき、暁の寺を訪れたのであった。
それは暁の寺にゆくにはもっとも好もしい正に日の出の刻限だった。あたりは
まだ仄暗く、塔の尖端だけが光りを享けていた。ゆくてのトンブリの密林は
引き裂くような鳥の叫喚に充ちていた。
 近づくにつれて、この塔は無数の赤絵青絵の支那皿を隈なく鏤めている
のが知られた。いくつかの階層が欄干に区切られ、一層の欄干は茶、二層
は緑、三層は紫紺であった。嵌め込まれた数知れぬ皿は花を象り、あるい
は黄の小皿を花心として、そのまわりに皿の花弁がひらいていた。あるい
は薄紫の盃を伏せた花心に、錦手の皿の花弁を配したのが、空高くつづい
ていた。葉は悉く瓦であった。そして頂からは白象たちの鼻が四方へ垂れ
ていた。
 塔の重層感、重複感は息苦しいほどであった。色彩と光輝に充ちた高さ
が、幾重にも刻まれて、頂きに向って細まるさまは、幾重の夢が頭上から
のしかかって来るかのようである。すこぶる急な階段の蹴込も隙間なく
花紋で埋められ、それぞれの層を浮彫の人面鳥が支えている。一層一層
が幾重の夢、幾重の期待、幾重の祈りで押し潰されながら、なお累積し
累積して、空へ向って躙り寄って成した極彩色の塔。
 メナムの対岸から射し初めた暁の光りを、その百千の皿は百千の小さな
鏡面になってすばやくとらえ、巨大な螺鈿細工はかしましく輝きだした。
 この塔は永きに亘って、色彩を以てする暁鐘の役割を果して来たのだ
った。鳴りひびいて暁に応える色彩。それは、暁と同等の力、同等の
重み、同等の破裂感を持つように造られたのだった。
 メナム河の赤土色に映った凄い代赭色の朝焼の中に、その塔はかがやく
投影を落して、又今日も来るものうい炎暑の一日の予兆を揺らした。…