風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

改めて意志のオプティミズムを

物理学者の故・戸塚洋二氏の著書「がんと闘った科学者の記録」を読んで
いろいろ考えさせられるところは多かった(特に来るべき死にどう向き合い
精神を保ってゆくか、であったり、がん患者が何を知りたいと思っているか
といったこと、それから、それにも関わらず超多忙な主治医に細かく聞くの
は憚られると遠慮している姿なども)が、特に感銘を受けた言葉がある。
それは以下の一節だ。

2007年は、健康状態を考えると、人生最悪の年でした。
(中略)
しかし2007年の年の初めには、1年を乗り越えられない確率が高いと
予想していましたから、その予想に反して年を越せたのは望外の喜び
でした。
 最悪というのはあくまで相対的なものです。六十有余年の中で今年
が一番悪かったというだけです。年を越すという事業をやり遂げたと
考えれば、人生で最もやりがいのある年だったかもしれません。

実験物理科学分野の研究者というのは、若いときにはペシミストでも
やっていけます。しかし、グループを率いるリーダーになると、あら
ゆる局面でオプティミストの面を出さなければなりません。この癖が
ついてしまい、かなり悲惨な状況でもよい面を敢えて見ようとして
いると思います。
 しかし、身内、特に妻には無意識のうちにしょっちゅう愚痴をこぼ
していたらしく、彼女はだいぶ長い間軽い胃潰瘍に悩まされていました。
身内のために、意識的にオプティミストである努力をしなかった、と
反省しています。
来年は態度を改めなければ。

戸塚氏のがんは2006年に再々発し、もはや手術ができず化学療法で延命を
図るしかない中で余命宣告を受けている。そんな中で、まだオプティミスト
であろうとする氏の姿に、僕は猛烈に感動させられた。
そして我が身を振り返って、心から恥ずかしく思った。
父が絶望的な病床で喘いでいるこの半年、僕は意志的にオプティミスト
あろうとし続けていたのだろうか?と。父本人は退院できる日が来ること
を信じ、前向きに頑張っているというのに、僕は正直なところ状況をかなり
ペシミスティックに(つまり知的に冷静に現実的に、と言うこともできる)
捉えてきたのではなかったのか。

以前、僕は以下の記事でグラムシの言葉を引き、自分は意志の力でオプティ
ミストであり続けようとする姿勢に共感すると書いた。

「知性のペシミズム、意志のオプティミズム」

この記事に記した「知性のペシミズム」に僕は負けてしまって「意志のオプ
ティミズム」を見失っていたのだ。
戸塚さんの言葉にならうことにしよう。
「今後は態度を改めなければ」

がんと闘った科学者の記録 (文春文庫)

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