計画制御の限界とジーコジャパン

毎週毎週出張続きでばたばたしていたら、あっという間に６月になってしまった。
ぜひワールドカップが開幕する前にアップしておきたいと思うので、あまり練れて
いない記事だけれど無理やりアップすることにする。

サッカー日本代表のジーコジャパンについては評価がいろいろあるけれども、
「なんとなく盛り上がらない気分」のファンが多いようだ。それもコアな
サッカーファンほどワールドカップがもう開幕！というこの時点でも何故か
盛り上がっていない。
これは何故だろう？

僕は、これは日本人の「計画制御好き」と関係があると睨んでいる。
「計画制御」というのは物事を行うにあたって『事前に良く調査し、それを元に
計画を立案し、それを細かくチェックしつつ実行し、最終的に成果を評価する』
というやり方だ。
よく企業で言う「PDCAサイクル」というのもまさにそれだ。
「え？それ以外に物事の進め方なんてあるの？」と絶句する人もいるかもしれ
ないけれど、実はこれは物事の進め方のあくまで一つに過ぎない。
役所や企業で、いやあらゆる組織で取り入れられているこの「計画制御」は日本人
の心の中に深く浸透していて「これだけがまっとうなやり方」と多くの人が思い込
んでいる。

なるほど、簡単な事象では計画制御はうまく働く。
あまりにも非合理的な物事の進め方をしている会社は計画制御を取り入れるだけで、
見違えるように合理的になり効率化ができる。会議の非効率さは改善され、きび
きびと日々の業務が進む（ように一見見える）。

けれども。
沢山の関係者の利害が絡んだり、不確定要素が相互作用するような複雑な事象では
計画制御はうまく機能しなくなってしまう。
これらは計画制御のベースになっている「線形計画」では取り扱いが不可能な
「複雑系」だからだ。複雑系の制御は研究がなされているところで、決定的な
手法はまだ見つかっていない。
もちろん、複雑系であっても力業で無理矢理計画制御的アプローチで解くこと
も可能だけれど、その場合「計算量爆発」と呼ばれる別の問題が発生する上に、
なおかつ「カオスの初期値問題」のために得られたソリューションが正しいと
いう保証は全くないことになる。

よって「複雑系」と目されるような事象、例えば環境問題や人口爆発問題、利害
ある人間が多数絡む社会科学的な出来事はもちろん、新規事業開拓や画期的な
新開発を進めること、そして（一見簡単そうに思える）人型ロボットを二足歩行
させるようなことにいたるまで、人々はそのソリューションを得るのに苦闘する
ことになる。
そして、大勢の人間が足という不自由な道具を使って丸いボールを扱うサッカー
というゲームもまた恐らくは「複雑系」なのだ。

ところが複雑系においては、とても面白い現象が見られる。
それは非線形性を持つ要素同士を連結して相互作用させると、逆に高次のレベル
で制御可能な部分が出てくる、という現象だ。
これはソリューション手法として確立したものではないけれども、多くの自由度
を持つ非線形要素を繋いでやると、非常にスムーズな動きが可能になったり自己
制御性が自然に立ち現れてくることがあるという。言い換えれば、複雑なものを
そのまま並べて、あるパラメータのもとで放置しておくと、その中から自ずと秩序
とリズムとスムーズな自己制御性を持つ動きが発生するというのだ。

ずいぶんと回り道をしてしまった。
僕はジーコが複雑系の科学をベースに「計画制御」への疑念から今のように「選手
間の話し合いに任せる。そして自然に連携が生まれるのを待つ」という手法をとって
いるとは思わない。ブラジルというサッカーを国技としている国で生まれ育った
ジーコはサッカーというゲームのソリューションはこれしかない、というDNAレベル
の信念を持ってそれを実行しているのではないか、と思うのだ。

ジーコの前任者のトゥルシエは「計画制御」的なやり方を日本代表に課した。
そしてそれは賛否両論あれど計画制御好きな日本人の感性に訴えかけ、それによって
サッカーファンが盛り上がった部分はあるのではないか。
事実、いろいろなジーコ批判を読んでも「計画制御」の観点からの批判が実に多い
のには驚くしかない。多くのサッカーファンは複雑系でも線形計画（あるいは計画
制御）を突き詰めればソリューションが得られる、と信じているようで、ある意味
とても面白いと思う。
これは文化的バイアスと呼んでもいいのかもしれない。

それでは「サッカーという複雑系は計画制御では取り扱えない」と捉えるジーコの
日本代表はワールドカップ本大会で成功するのだろうか？
僕は、それは、正直なんとも言えないと思う。

確かに計画制御には限界がある。
しかし、それは８０点のチームを９０点にはできないけれども、５０点のチームを
７０点のチームにすることはできるかもしれない。
今回のワールドカップで、日本は「５０点」のチームなのか「８０点」のチーム
なのか、「計画制御」がまだ有効なのかそれとも「複雑系」として取り扱う他に
道がないレベルに達しているのか、それがはっきりするように思うのだ。
そういう意味でも、僕はとても楽しみにワールドカップ開幕を待っている ^^