風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ウィーン高射砲塔(ウィーンにて④)

ウィーンのホテルから取引先のオフィスに向かう途中、奇妙な四角い建物
が見えた。あれは何ですか?と尋ねたところ、彼らは「第二次世界大戦中に
作られたBunker(掩体壕)だ」と言うのだが、見た瞬間、僕はこれがあの
「ウィーン高射砲塔」だ、と直感した。ネットで調べてみるとやはりその
通り。数万トンのコンクリートとペトンをつぎ込んで作られた壁の厚さ
3.5mとも言われる塔である。この塔には多くの高射砲が設置され1時間に
8000発の砲弾を敵爆撃機に向かって打ち出すことが出来たと言われている。
あまりに頑丈なので戦後も壊すこともができず、今も放置されているらしい。
まさに、ドイツ人の執念と論理性が生み出した化け物である。
眺めるうちに僕は背筋が寒くなるのを感じた。

ドイツ人はやるとなると完璧に、手抜きなしに、無慈悲に、徹底的にやる。
第二次世界大戦で600万人のユダヤ人を虐殺したときのように。
彼らのやり口はどこか偏執狂的だ。

その晩、僕はエルネストに食事に招待された。
エルネストはウィーンの会社のオーナー社長で出張はいつも奥さん連れ、
飛行機はファーストクラスしか乗らないし、ホテルではスイートしか泊ま
らない。上品で誠実で、人の悪口など決して口にしないウィーン人である。
そんな彼とウィーン市内を眺望できる超高級フレンチでソーヴィニヨン・
ブランを飲みながら話すうち、エルネストはどんどん酔っ払ってきた。
そして真夜中近くになって、こういうことを言いだした。

オーストリアユダヤ人問題を知っていますか?
ユダヤ人はあの虐殺があったが故に、無条件に「気の毒な人たち」という
レッテルが貼られてしまった。だからユダヤ人コミュニティに対して何かを
いうと、すぐに「お前はナチか!」と叩かれる。だから彼らに何も言えない
ようになってしまったのです。実際のところユダヤ資本は実に強く、ウィ
ーンの中でも力を持っていますが、多少ともルールに外れたことがなされ
ても今は誰も文句を言えないのです。
誰だって「ナチ」と言われるのは嫌ですからね。

ところで彼らを虐殺したドイツ人のほうは、いいですか。ドイツ人たちは
いつも彼らが一番強く、一番正しく、一番素晴らしいと思って行動している。
それが我々オーストリア人にはたまらなく鼻について忌まわしい。
私が日本人が好きで素敵だと思っているのは、その謙虚さです。
ドイツ人には謙虚さがないのだ。それはユダヤ人も同じです。
つまりね、とエルネストはつぶやく。
我々は本当のところ、ドイツ人も、ユダヤ人も、嫌いなのですよ。