風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ブラームスのバラード「エドワード」(1)

クラシックのピアノ曲に「バラード」というジャンルがある。
歴史物語に由来した詩(バラッド)にインスパイアされた作品ジャンルのことで、ショパ
ンの作曲した4つのバラードやリストのバラードがよく知られているが、ブラームス
また4曲のバラードを作曲している。
中でもよく知られている作品番号10-1「エドワード」は、ドイツの詩人・哲学者である
ヘルダーの著書「諸国民の声(Stimmen der Völker in ihren Liedern)」の中のスコッ
トランドの古いバラッド「エドワード(Edward)」による、とブラームス自身によって
楽譜冒頭に明記されている。


さて、このエドワードというスコットランドの古いバラッドであるが、どんな内容なの
だろう?僕はたまたま今、この曲を練習しているのだけれど、ぜひ読んでみたくなり
ネットであれこれと探してみたが、ヘルダーのこの本はどうやら現時点では邦訳がなく、
部分的な内容紹介は散見するものの、詩の全文は読むことがかなわなかった。
そうしているうちに、アメリカのピアノ演奏家Jasonさんのサイトで古スコットランド語、
ドイツ語、現代英語の訳を列記したPDFファイルを見つけることができ、幸いにして全文
を読むことができた。
楽譜と照合させながら読むうちに、このバラッドの詩文の内容が演奏解釈に大きく関わる
と確信したため、Jasonさんのご厚意による許可を得て、ここに邦訳全文を掲載したい。
一部、古英語の単語も混ざっているうえに、僕は翻訳の専門家ではないので誤りや
勘違いもあるかもしれないが、ご容赦願いたい。
この曲を演奏する方々へのささやかな一助になればと思う次第である。


【引用始まり】 ---
エドワード


なぜおまえの剣には血が滴っているのだい。
エドワード、エドワード?
なぜおまえの剣には血が滴っているのだい。
そして、どうしてそんなに悲しそうなの、ああ?


私は私の立派な鷹を殺したのです。
お母さん、お母さん。
ああ、私は私の立派な鷹を殺したのです。
もうあの鷹はいないのです、ああ。


おまえの鷹の血はそんなに赤くはない。
エドワード、エドワード。
おまえの鷹の血はそんなに赤くはない。
愛する息子よ、本当のことを言いなさい。


私は私の赤い葦毛の馬を殺したのです。
お母さん、お母さん。
私は私の赤い葦毛の馬を殺したのです。
あれはとても忠実で誇り高い馬でした、ああ。


あの葦毛はもう年老いていたし、他にも馬はいる。
エドワード、エドワード。
あの葦毛はもう年老いていたし、他にも馬はいる。
他に悲しいことがあるのでしょう、ああ。


ああ、私はお父さんを殺しました。
お母さん、お母さん。
ああ、私はお父さんを殺しました。
私の心は引き裂かれています、ああ。


どんな罰に耐えようというのだい
エドワード、エドワード?
どんな罰に耐えようというのだい
愛する息子よ、今答えておくれ、ああ。


私はあの船に乗って彼方にいくのです。
お母さん、お母さん。
私はあの船に乗って彼方に行くのです。
私は海の向こうに旅立つのです、ああ。


おまえの塔や広間はどうするのだい?
エドワード、エドワード?
おまえの塔や広間はどうするのだい?
あんなに立派だったのに、ああ。


崩れ落ちるままにしておきましょう。
お母さん、お母さん。
崩れ落ちるままにしておきましょう。
もはやここにいることはできないのだから、ああ。


おまえの子供と妻に何を残してやるの。
エドワード、エドワード?
おまえの子供と妻に何を残してやるの。
いつおまえは海の向こうに行くのだい?、ああ?


世界は広いのです。一生乞食をさせましょう。
お母さん、お母さん。
世界は広いのです。一生乞食をさせましょう。
二度と私は彼らを見ることはないでしょう、ああ。


そして、おまえは何をこのおまえの母親に残しておくれだい?
エドワード、エドワード?
そして、おまえは何をこのおまえの母親に残しておくれだい?
愛する息子よ、今答えておくれ、ああ。


私からの地獄の呪いに耐えたらいい。
お母さん、お母さん。
私からの地獄の呪いに耐えたらいい。
なぜなら、あなたがそそのかしたからだ、ああ!
【引用終わり】 ---


悲しげな様子の息子、エドワードを見て、どうしたのか訊ねる母親。
最初は「鷹を殺したのだ」「馬を殺したのだ」と嘘をつくエドワードだが、母の問いに
ついに「お父さんを殺した」と重大な告白をする。母親は矢継ぎ早に「どうするの?」
「子供と奥さんは?」「家は?」とエドワードに聞く。
そして最後に「この母親に何を残してくれるの?」と聞くのだが、最後の一行で、エド
ワードの父殺しは母親の教唆によって行われたことが明かされ、エドワードは母親に
「私からの地獄の呪いに苦しむがいい!」と言い放つのだ。
衝撃的などんでん返しである。


「教唆による父殺し」というドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」にも取り上げ
られた重い主題がこの古い歌では歌われている。
楽譜を詳細に見てゆくと、この詩の内容はブラームスの曲の構造に見事に対応している。
詳しいことは次回記事に書かせてもらいたい。


(続く)