風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ミュージカル「ミス・サイゴン」

昨日、帝国劇場でミュージカル「ミス・サイゴン」を見た。
僕はミュージカルを見たのは生まれて初めてだったが、これが本当に素晴らしかった。
「これはアメリカ人が作ったオペラなのだな」というのが僕の率直な理解。
実は見る前は、アメリカのミュージカルを日本語で歌って演じられることに違和感
を感じないだろうか、という懸念があったのだが、幕が開いてすぐにその懸念は
払拭された。アメリカ人、ベトナム人の登場人物を日本人が演ずることにも抵抗感
はない。このミュージカルに出演している役者たちの芸達者で歌の上手いこと!
これは周到な準備と念入りな鍛錬の上に構築された大規模な音楽劇である。
「芸術」と呼んで何ら差し支えないレベルのものだ。

ストーリーはプッチーニのオペラ「蝶々夫人」と酷似している(帰宅後ネットで
調べてみたら、やはり「蝶々夫人」がストーリーの下敷きになっているとのこと)。
よって、最後の結末も「蝶々夫人」と同じようになっている。ストーリーの中には
蝶々夫人」同様にアジア人蔑視と取られてもしかたない部分も感じるし、ベト
コンの描かれ方もずいぶんだとは思う。
しかし、ミュージカルもオペラ同様、ストーリーの細部は大きな問題ではない。
そこで演じられる劇と歌唱こそ重要なのだ。

狂言回しの”エンジニア”役の筧利夫の芸達者で存在感の大きいこと!
縦横無尽に歌って踊るのだが、目が吸い寄せられてしまう。
この人はとにかく別格に凄かった。
そしてヒロインの”キム”役の新妻聖子
この人の歌唱力もなかなかのもの。オペラと違ってマイクを使っているにせよ、
歌唱力と高音域での独特の声の甘やかさ(特に母音のAの音)はとても魅惑的。
他の出演者やコーラスも魅力的で迫力もあり、なかなか素晴らしい。

さらに舞台装置の見事さとその転換技術にも目を見張った。
実物大のヘリコプターが上から降りてきたり、本物のキャデラックが出てきたり。
照明の素晴らしさも相まって、舞台は瞬間、瞬間に、ベトナムの娼婦宿になったり、
安アパートになったり、”エンジニア”の夢想の中の情景になったり。
特に、アメリカ大使館からのヘリでの脱出シーンでの群衆劇の迫力。
映画「キリングフィールド」に、カンボジアプノンペンでの大使館からの脱出
シーンがあったけれど、あれを彷彿とさせる凄い迫力と臨場感だった。

そして、何よりもこれらすべてを帝国劇場の実舞台で見る素晴らしさ。
こればかりは決してDVDや映画では伝わるまい。
オペラもそうであるが、これは音楽と演劇が融合した総合芸術である。
演じられる2時間強の間、劇場は完全に外界と隔絶された非日常空間になり、
観客はその中で陶酔にどっぷりと浸って感情を存分に揺さぶられる。
僕も、劇場から出て明るい陽光を受けた瞬間に日常に引き戻されたわけだが、
なんだか感情の洗濯をしてもらったような、とてもすっきりした感覚を持った。

ミュージカルに酔いしれた後に変な話だけれど、もっと他の舞台芸術を見たいな、
と思った。
バレエや、オペラや、演劇など。
まだ東京に当分いるのだから、またおいおいチャンスもあるだろう。
また楽しみが一つ広がった。