風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

サダカ

捨て犬や捨て猫を保護して里親捜しをしている団体の見学に行ってきた。
もちろん山の中にあって(町中では絶対不可能 ^^;)数百頭の犬や猫が保護
されているのだけれど、彼らの面倒を見るスタッフの人達の献身ぶりには
頭が下がった。
数百頭の動物に餌をやり小屋を掃除することを想像してみて下さい。
これは並大抵のことでできることではない。
ということで、僕たちはこの団体に年会費を納める会員になることにした。

僕たち夫婦は、自分たちの収入からささやかではあるけれど一定額を直接
社会に還元するようにしてきた。それは結婚したてで強烈に貧乏だった頃から
続けている習慣だ。
もちろん、寄付や運営資金を求めている団体やグループは沢山ある。
人権にかかわるもの、動物にかかわるもの、環境や社会を良くする方向の
もの、その全てにかかわることは残念ながら不可能だ。

それで、僕は奥さんと相談して自分たちなりに納得できるお金の使い方が
されそうなグループにカンパをすることにした。
本当は、僕たちがもっと根性や体力や時間に恵まれていれば、実際に参加
してボランティアでもできれば良いのだろうと思う。しかし残念ながら
それが無理な状況である以上、せめて運営資金で協力するしかない。

「そんなことは行政がやることだ。そちらを正さない限り焼け石に水だ」
「実際に寄付したお金がどう使われるかわかったものじゃない」
などという声があることも承知している。
しかし実際に「焼け石」があった時、あなたはどうしますか?
声高に理屈を言いながら周りが焦げていくのを見まもるのか、それとも無駄か
もしれないけれど取りあえず水をかけてみるのか、どっちだろう?
僕や奥さんはどうやら「水をかけてしまう」クチらしい。

イスラム教の教義にはサダカ(自由喜捨)という行為があり、このように説明
されている。
「多少にかかわらず、自分の能力や所有物を提供して他人を助けることは、
 アッラーに 創られた人間として、又、アッラーに帰依するムスリム(イス
 ラム教徒)として極めて重要なことです。」

実際、現代でも年に一度の「犠牲祭」においては羊を屠りその肉の1/3を家族で
1/3を親戚友人に、そして1/3を肉を欲しがる人たちに分け与えるということ
イスラム社会ではごく当たり前に行われている。
僕はイスラム教徒ではないけれど、この「サダカ」の考えに共感する。