風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

恋愛中毒

山本文緒の「恋愛中毒」が面白いと聞いて読んでみよう、と思っていた矢先、
アンテナさせて頂いている柏倉 葵さんがエントリで感想をアップされた。
これでますます興味をそそられて本を買い求め一気に読了した次第。

水無月というストーカー歴のある女性が、ふとした弾みである「先生」
(4人も愛人がいる!)との関係に墜ちる。水無月はこの先生(小説家)
を独占すべく彼女なりの策略を練り、他の愛人たちを追い出すが、フラ
ンスから帰ってきた娘によって水無月は「先生」の関心の中心ではなく
なってしまう。

【引用始まり】 ---
彼女達は皆、先生に漠然とした不信感を持っていて、決して全体重を預けたり
はしなかった。もし先生だけを頼りにしたら、いつ裏切られるか分からないからだ。
一本きりの命綱を結ぶにはあまりにも危険だった。
だから他の男や仕事という保険をかけていた。

先生も女達にどう思われているか十分承知して、それを利用していたのだろう。
先生は自分さえよければいいのだ。可哀想な人が好きなのではなく、人の不幸に
つけこんでそれを利用していただけだ。自己愛の固まりだ。だから私はそこを
突いてやろうと思ったのだ。誰も預けない命綱を私だけは先生にしばりつけた。
それは私からは絶対裏切らないという忠誠で、忠誠など誓われたことのない先生
には救いだったに違いないと確信してきたのだ。

けれど娘のために、先生は私の忠誠さえも切り捨てようとしている
【引用終わり】 ---

そして、水無月の狂気はついに「先生」の娘に向かう。

読んだ僕の感想は「言いようがないほど心が痛い」だった。
だって、水無月という主人公は痛々しいほど純粋で一途なのだ。
彼女は他の女性たちのように「保険」をかけない。
「保険」をかけられないほど、不器用で一途で純粋なのだ。
僕はそんな純粋な人達がこの世間に沢山生きていることを知っている。
葵さんが書いておられるこのご意見に僕は100%、共感する。

【引用始まり】 ---
恋愛の持つ負のエネルギーが
全く散らされずに相手に向って「真摯に」発散されれば
それは案外簡単に≪狂気≫の領域に突入するものだ。
【引用終わり】 ---

「恋」は「愛」とは違い、本質的に「狂気」をその中に含んでいる。
あるシチュエーションにおける暴力衝動と同様に、人の理性を超える力が働き
うる特殊な情動なのだ。
それを認識している人は意外と少ないのではないか。
水無月は誰の心の中にも住んでいるのだ。
そしてもう一つ付け加えよう。
恋愛の負のエネルギーが「相手」ではなく「自分」に向かって発散されたときは、
人は途方もないダメージにとことん傷つき苦しむことになるのだ。

葵さんは僕のコメントに対し、
【引用始まり】 ---
山本文緒が描く、女性の感情のピンポイントのリアルを
男性が読んだらどう感じるか?
おそらく女性ほどにはピンと来ないのかも知れないし
あるいはもっと客観的にただただ
「女って怖い」と思われるかも…^^;
【引用終わり】 ---

とおっしゃったけれど、僕は水無月が怖いなんてちっとも思わない。
なるほど「保険をかける」ことは大人の知恵であるし、生きるために必要なこと
かもしれない。でもそれができない人も、それができない恋だってあるのだ。
水無月を、怖いとか、気持ち悪いとか、ネガティブとか簡単に言い切れる人は、
本当の恋愛を知らない人だと思う。
こうやって感想を書いていても、僕の心はひどく痛むのです。

恋愛中毒 (角川文庫)

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