風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ワルキューレ

その年の大晦日、紅白や裏番組を見る気になれなくて、僕は本を読ん
でいた。寂しいな、BGMでも、と思ってFMをつけたら、たまたま、
その曲が流れてきた。

今まで聴いたことのない音楽。
ドイツオペラだ、ということだけは、すぐにわかった。
聴いているうちに、僕はぐんぐん音楽に引き込まれていった。
波うち、とぎれない、恐ろしく濃厚で芳醇な音楽。
圧倒的な大きなうねり、細やかな小さな波が心に押し寄せてくる。
これは、すごい音楽だ。
歌詞の意味も曲名も何もわからなかったけど、音楽が凄いことだけ
は、僕にもわかった。

後で調べてみると、それはワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」
の序夜「ラインの黄金」だった。
これが僕の最初のワーグナー体験。

ヒットラーが大ファンだったことからワーグナーはとても評判が悪い。
彼本人が反ユダヤ主義者だったこと、道徳観の欠如した、ほとんど
犯罪者と呼んでも過言ではない人だったことも、悪印象を高めている。

彼の作品の中でも「ニーベルングの指輪」はその巨大さで他の作品を
圧倒している。全部を上演するには4夜(15時間!)かかるのだ。
あまりに巨大で、全部を紹介することはとうてい不可能なので、第一夜
ワルキューレ」から、第一幕のあらすじだけ紹介したいと思う。
(実は、僕は「ジークフリート」よりも、「神々の黄昏」よりも、
 この部分が一番好きなのです、笑)

嵐の夜、フンディングの館にジークムントがあらわれる。
彼とフンディングの妻、ジークリンデはお互いに惹かれあう。
そしてジークリンデが生き別れの双子の妹であること、そしてフン
ディングが、自分たちヴェルズング一族の敵であることを知る。
ジークムントはフンディングを殺し、実の妹である愛するジークリ
ンデと共に逃げ、純血の子を産ませて、ヴェルズング一族を繁栄
させようとする。


と、このあらすじを読めばお分かりの通り、ジークムンドとジー
リンデは兄妹であるにも関わらず、それを知った上で禁断の恋に落ち、
ジークリンデの夫を殺し、結ばれて子を作ろうとする。
つまり、不倫の恋をして殺人を犯した上での近親相姦だ。

夫を殺した二人が、これから結ばれることに酔いしれて『これから
ヴェルズング族の血が栄えるのだ!』と二人して絶唱する最後の
部分の音楽は、もう本当に身震いするほどすごいです。
そのロマンチックな美しさ、陶酔感、迫力は、背徳も不道徳も吹き
飛ばしてしまうような、いや『背徳であり不道徳であるが故の』
もの凄さだ。
ワーグナーは、なんとも凄い音楽を作った、と思う。

僕が尊敬する吉田秀和氏は、概略、こういうことを述べている。
西洋音楽の頂点は、バッハ、モーツァルトベートーヴェン
 あり、この三人の中で、神(生死について、特にバッハで)、
 愛(特にモーツァルトで)、個人(正義と真理と孤独と人類愛
 について、特にベートーヴェンで)について、語り尽くされた
 のではないか」

しかし、僕はこれではまだ、クラシック音楽は完成に至らなかった、
と考えている。僕ならさらに、こう、つけ加える。
ワーグナーによって、クラシック音楽は、人間存在と切り離せ
 ない、性と暴力と背徳の陶酔と快楽を語れるようになった」
と。

性は、暴力は、背徳は、なによりも甘美な快楽なのだ。
敢て言えば、背徳であるが故に、まっとうな手段で得られる快楽の
100倍も濃厚な快楽を得ることができる麻薬なのだ。

ワーグナー自身の一生も、背徳と不道徳にまみれていた、という。
音楽によってそれを表現しつつ、自らもその中に溺れ続けたワーグ
ナーだったが、最後に神聖祝典楽劇「パルジファル」を書いた。
退屈で、一般受けしない「パルジファル」を。

しかし、この「パルジファル」のテーマが「堕落した魂の救済」に
なっていることが、僕にはとても興味深いのです。
彼は、最後に、自らの魂を救済したかったのだろうか?

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」?第1幕(全曲)

ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」?第1幕(全曲)

巨匠クナッパーツブッシュの名演です。
ワルキューレ」第一幕のみの演奏です。