風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

凍りついた海

そのとき、僕は小さな港町にいた。
真冬の、2月のデンマークの北海に面した小さな港町。
小さな、ほんとうに小さな町。

その町に滞在したのは、もちろん仕事のためだ。
仕事以外何一つすることがないような町。
小さな鉄道駅と港以外、何もない町。
地獄の門番が住んでいそうな、鉛色の暗い町。

取引先との打ち合わせは午前中で終わり、僕は暇を持てあました。
退屈しのぎにホテルの部屋に置かれていたパンフレットを読んでみた。
それによれば、鉄道駅をこえて、歩いて3kmほどの港沿いにロシアの
友好都市から送られた、古い潜水艦があるという。
友好都市にそんなものを送るのもどうかと思ったけど、それしか見るべき
ものはないらしい。
僕は歩いて行ってみることにした。

ホテルを出る。
寒さが突き刺さる。
真冬のフィンランド出張のために買った分厚いコートを着ているのに、
容赦なく寒さが押し寄せてくる。
僕以外、誰ひとり歩いていない。

鉄道駅の踏切を越える。
錆びついた鉄塔。
うち捨てられたような貨車。
分厚くたれ込めた灰色の雲。
ふいに海岸沿いの道に出て、僕は息をのんだ。
水平線まで、海が凍っている。

凍りついた海を見ながら、一人歩く。
そのうち寒さが耐え難くなってきた。
手足の感覚がなくなってくる。
やむなく引き返すことにした。

また行ってみたいわけではない。
だが、忘れられない風景のひとつ。
心の奥に沈む色とりどりの風景たちの中の、いちばん灰色の風景。