風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

ブリジストン美術館とフェルメールセンター・銀座

日曜日なのに早めに家を出て東京に向かった。
見たいアートイベントが二つあったからだ。
ひとつはブリジストン美術館で開催されている
「パリへ渡った石橋コレクション 1962年、春」
もうひとつは期間限定のフェルメールセンター・銀座で開催されている
「フェルメール・光の王国展」である。


最初にブリジストン美術館へ。
人が少なくてとてもゆったりと絵と向き合うことができる。
展示されている作品はブリジストン美術館が誇る逸品ばかり。
僕は今回、アンリ・ルソーの「イヴリー河岸」を見たくて行ったのだけれど、
どうしてどうして、それ以外にもまことに見応えのある作品揃いだ。
まず、コローの「オンフルールのトゥータン農場」が目に飛び込んでくる。
鬱蒼とした木々とその向こうに見えるフランスの農家。
草いきれと土の匂いがリアルに想像できる素晴らしい絵である。
他にもピサロの「ブージヴァルのセーヌ河」や「菜園」、シスレー
「森へ行く女たち」と「サン=マメス六月の朝」なども絵から土や空気の匂い
がこぼれ出てくるような見事な作品だ。
そしてなんといってもセザンヌ、そしてモネ(特に「黄昏、ヴェネツィア」は
素晴らしい)。


お目当ての「イヴリー河岸」も素晴らしかったけれど、ルソーの「牧場」には
さらに心打たれた。まるで子供が描いた絵のように見えるのだが、どうして
この絵はこれほどまでに僕を癒してくれるのだろうか。

もうひとつ、僕を魅惑したのはジョルジュ・ルオーの「裁判所のキリスト」。
小さな画像しかないのが残念だが、裁判所の中の人々の中でただ一人、はっきり
目を見開いて正面を見据えるキリストに、深く心動かされた。

こじんまりとしているけれどもとても良い展覧会だった。
もちろん、名作ばかりというわけではなくて、習作や気持ちの入らない絵も
多数あるけれど、これだけ満足できる絵があったら何も言うことはない。


ブリジストン美術館を後にして銀座のフェルメールセンターに向かう。
こちらは期間限定で、全てのフェルメールの絵の制作当時の色彩をデジタル
技術で復元して、原寸サイズにプリントし、各地の美術館に収蔵している
ものと同じ額縁に納めたものだ。こちらのほうは日曜午後の銀座ということも
あるのだろうか、とても混雑していた。
さて、この展覧会(というよりもアートイベント)であるが、正直言って少々
失望した。いや、失望する僕が悪いのだ。なぜなら「本物じゃない」という
点に失望したわけだから。


確かに素晴らしいデジタル技術であるし、見事なプリントであると思う。
しかし「本物」ではないのだ。僕が今までに各地の美術館で見た15枚の本物の
フェルメールの絵の質感とは、やはり違う。それはどうしようもないことである
とわかっていても、心は勝手に失望してしまうのだ。
まったく贅沢というか我が儘なものである。
ただ、一点、これだけは意味があったと思うのはボストンのイザベラ・スチュ
アート・ガードナー美術館から盗難され行方不明になっている「合奏」と個人
所蔵の「聖プラクセデス」はこれからも見る機会がない可能性があるから、
複製といえどじっくり見れたことは収穫だった。
今回、複製品を見て、ますます「本物のフェルメールの絵」を見たくなった。
来月フィラデルフィアに出張するついでに足を伸ばしてニューヨークかワシン
トンで何枚か見てこようか。
ついそんな気持ちにさせられた展覧会だった。